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2017年5月21日学習内容

スピリチュアリズムの思想体系[Ⅰ] 「死の直後」 その2

学習のポイント―――
       スピリチュアリズムは、死後の世界の知識を地球上の常識とするためにもたらされた

前回は、死の直後から本格的に幽界で生活をするようになるまでの概要を見ていきました。 今回は、2つの霊界通信―『500に及ぶあの世からの現地報告』と『迷える霊との対話』から、死んだ人間の体験談を読むことで、「死の直後」の様子をいっそう身近に感じることができました。

「死の直後」の様子を地上サイドから見ると、単に"死体"があるだけです。死体は何も語らず、ただそこにあって、葬式のあと火葬され骨だけになります。しかし、霊的世界から見た時、死んだ本人はさまざまなことを思い、行動しています。『500に及ぶあの世からの現地報告』には、自分が死んだことが分からず、混乱状態に陥っている霊たちの話がたくさん出てきます。そうした霊たちは、自分の遺体や葬式を見たり、指導の霊に教えられて、やっと死を自覚することができます。

しかし、なかには地縛霊になってしまう霊も少なくありません。地上時代に、唯物論者だった人や肉欲や物欲追及の生活をしてきた人、また、間違った宗教の狂信者・人への恨みや憎しみが強い人、そして自殺者も地縛霊になってしまいます。

ウィックランド博士が30年にわたって交霊会を行い、それをまとめたのが『迷える霊との対話』です。交霊会で語っている霊の大半は地縛霊で、こうした霊界通信はとても珍しいものです。生前から霊的真理を知っていたイェイツ霊は、地縛霊たちが集まっている暗黒界を見て、次のように語っています。
「自殺者ばかりが集まっている境涯、狂信者が通う教会ばかりが立ち並ぶ境涯、スラム街、拝金主義者ばかりの街など、それはそれは凄絶をきわめております。しかし、その事実自体も問題ですが、もっと問題なのは、そうした境涯のスピリットの出す波動が、地上の類似した人間の波動と合致して、生活を破綻に追いやっているという現実です。」

イェイツ霊は、地縛霊たちの集まる場所の凄まじさを伝えてくれています。すでに死んでいるにも関わらず、死を自覚できない地縛霊の存在は霊界の悲劇の一つです。しかしそれ以上に問題なのは、地縛霊が地上人の霊媒体質者に憑依し、地上人の人生を破綻させてしまうことです。地縛霊は、霊界でも地上でも、私たちが想像している以上に大きな問題なのです。

地上時代に霊的真理を知っていれば、霊界で地縛霊になることはありません。イェイツ霊はさらに次のように言っています。
「どんなに善人であっても、どんなにまじめな人生を送っていても、ただこれだけでは十分ではありません。死後の世界についての知識がないと、目覚めたあとしばらくは暗闇の中にいます。」

地上では、常識をわきまえ、まじめに人生を送っている人は"善人"とされ、死後、罰せられることなく天国や極楽で暮らすようになると考えられています。しかし実際には、たとえ"善人"と呼ばれていた人であっても、霊的知識がなければ、一時は地縛霊のような状態で暗闇の中で過ごさなければならないのです。

これは、地上人からすれば大きなショックですが、それが事実なのです。別の霊は、「死後のことは、死んでからではなく、この地上にいるうちに学んでおくことが大切です」と言っています。私たちは今、「死」や「死後の世界」について、正しい霊的知識を持っています。それは霊界から見れば、本来、地上時代に知っておかなければならない"当たり前"の知識と言えるものです。

スピリチュアリズムは、霊界での常識を地球上の常識とするために降ろされました。霊的真理を地上の常識として定着させていくのは容易なことではありません。しかし、高級霊は必ず成し遂げる決意でスピリチュアリズム運動に取り組んでいます。私たちは、そうした高級霊たちの情熱と決意を知っている数少ない地上人です。真っ先に霊的真理を手にしたものとして、人類の霊的向上のために精いっぱい歩んでいきましょう。

参加者の感想

死の直後の様子が実感として迫ってきました。霊的存在として最低限の霊的真理さえ知らない人類は、霊界の方々に大変な迷惑をかけているという実態を学びました。奇跡的にも霊的真理を手にした私たちは、霊界の道具として役に立てるよう、私心を捨て、真理普及のお手伝いとして、地上人生をまっすぐに歩んでいきたいと思います。

死の直後の体験談をただ読むというだけではなく、重く真剣に考えさせられる時間でした。ニューズレターでは、一般の人とスピリチュアリストとの死の自覚がこれほどまでに違うことに驚きました。霊的真理を知ったということは、地上人生だけでなく、霊界人生、再生人生、すべてにつながる霊的宝を持って生きていることになります。これを、地上人の常識にしていなかければなりません。周りの人が地縛霊にならないよう、私が導いていくことが必要だと強く思いました。

「死後のことは死んでからではなく、この地上にいるうちに学んでおくことが大切です」という部分が一番印象に残りました。地上では小さい頃から、大人になるための学習をします。それと同じことだと思いました。死に際して、混乱し、迎えてくれる霊界の方々に悪態をつくことがないように、しっかり真理を学び、感謝と感動を持って霊界へ戻っていきたいと思いました。

生前、スピリチュアリストとして過ごしてきた霊からのメッセージを読み、死後の世界の素晴らしさを垣間見させていただきました。霊的無知のために地縛霊となる霊が多いという事実を知り、地上で霊的知識を学んでおくことの重要性を痛感しました。心の内容がそのまま現れる霊界では、天国をつくるのも地獄をつくるのも、個人の心の持ち方なのだと肝に銘じました。日々、利他愛を心がけ、実践に取り取り組んでいきたいです。

ニューズレターの死の直後の様子はとてもリアルで、何度読んでも興味深い内容だと思いました。人は死んでも生前の価値観をそのまま持っていて、死んだからといって何も変わらないことがよく分かりました。たとえ地縛霊になっても、必ず向上の道が開かれることに神の深い愛を感じました。生きているときから霊的知識を持っていることがとても重要なことがよく分かりました。

いろいろなタイプの人の死の直後の様子を学びました。善人であっても、霊的知識がないと死後、しばらくは暗闇の中に置かれます。地上人生で死後の知識を知っておかなければならないことが分かりました。霊的知識があれば、地上でどんな苦しみがあっても我慢できる、とありました。私は、一人でも多くの人に幸せな死後を体験してほしいと思います。そのために、死や死後の問題のスペシャリストとして、霊的真理の普及に努めていきたいと思いました。

死後の世界についての霊的知識を持つことの大切さを学びました。読書会のわずかな時間の中で、学びが進むにつれて自分の意識が変化していくことが分かりました。霊的知識は、地上人が持つべき最も重要で、また常識となるべき知識です。また、霊的知識は本来の世界である霊界での生活を正しく送るためのものであり、地上人生で逆境にあっても強さと勇気を持つことができるものです。こうした霊的知識をすべての地上人に知ってほしいと思いました。

「迷える霊との対話」を読んで特に印象に残っているのが、神智学を創設したブラバッキーが、名声や権力という欲にかられ、利己的な生き方をしてしまった地上時代を後悔し、その胸の内を明かしていることです。私たちは今、霊的真理を手にしていますが、それがどれだけ恵まれているのかを再確認しました。しかし、それだけで喜んでいてはいけません。一人での多くの人に真理を手渡すことができるよう歩んでいかなければならないのだと、思いを強くしました。

「迷える霊との対話」の中に、「どんなに善人であっても、どんなにまじめな人生を送っていても、ただこれだけでは十分ではありません。死後の知識がないと、目覚めたあと、しばらくは暗闇の中にいます」とあり、その言葉がとても強く心に残りました。今この世で生きている人の大半は善人といわれる人ですが、この世的な罪を犯さず真面目に生きていても、死後の世界についての知識がないと霊的覚醒をするまでには時間がかかってしまいます。善人であっても霊界のことを知っているのと知らないのとでは、死後の道筋が大きく異なることを知り、ますます霊的知識を伝えていくことが大切なのだと思いました。


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