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2018年11月17日・18日―学習内容

スピリチュアリズムの思想体系[Ⅱ] 「摂理観」その3
人間の霊的成長に関するさまざまな摂理

学習のポイント ――― 
人間は、「永遠の霊的成長の摂理」の支配のもとで、永遠に霊的進化向上をして大霊に近づいていくように定められている

人間は、神の分霊として個別性を持って地上に誕生しました。そして、すべての人間が、永遠に進化向上の道を歩んでいくようになっています。今回は、神が定めた「人間の霊的成長に関する摂理」について学びました。

人間の霊的成長は、たった1つの摂理によって達成されるものではありません。「霊的成長」という大目的を達成するために、まず「永遠の霊的成長の摂理」という大枠の摂理があります。そして、その中に8つの法則が存在し、それらが複雑に関わり合いを持ちながら、最終的に「霊的成長」を成していくことができるようになっています。
以下が、「人間の霊的成長に関する摂理の関連性」を図示したものです。

人間の霊的成長は、「霊主肉従」と「利他愛の実践」によってなされていきます。
「利他愛の実践」の前提となる法則が、②「霊優位(霊主肉従)の法則」です。
人間は、「肉主霊従」の状態では物欲や肉欲で心が占められてしまい、利他性を発揮することはできません。「霊優位」「霊主肉従」であってはじめて、③「利他性の法則」のもとで、利他愛を実践することができるようになります。

「霊優位の法則」と「利他性の法則」は、連動して働くことで、霊的成長を促すことになりますが、ここで重要なことは、神は人間に自由意志を与えたということです。人間は自由意志によって、摂理に一致した行為をすることもできるし、摂理に反した行為をすることもできます。これが④「自由意志の法則」です。
「霊主肉従」「利他愛の実践」という摂理に一致した行為を選択すれば、霊的成長を成していくことができます。しかし、摂理に反して、「肉主霊従」「利己的生き方」を選択すれば、霊的成長はストップしてしまいます。

摂理に一致した行為、すなわち「よい原因」は、霊的成長という「よい結果」を生み、摂理に反した行為、すなわち「悪い原因」は、霊的成長のストップという「悪い結果」を生みます。これが霊的成長に関する⑤「因果の法則(カルマの法則)」です。「因果の法則」の下では、一切のごまかしはききません。悪い原因は必ず悪い結果をもたらすようになっています。

摂理に反した行為は、苦しみとなって返ってきます。その苦しみは、摂理違反をした罪を償うプロセスになっています。それが⑥「償いの法則」です。苦しみの体験を通して、罪(摂理違反)が償われ、霊的成長がリセットされることになります。

人生における苦しみは、自分が摂理に違反したために生じてきたことです。自分が蒔いた種は、自分で刈り取らなければなりません。それが⑦「自己責任の法則」です。従来の宗教ではこの「自己責任の法則」を無視して、神に祈り、罪の許しと救いを求めてきましたが、それは間違っています。いくら神にすがっても、罪を許してもらうことはできません。

摂理に一致した行為とは、霊主肉従と利他愛の実践ですが、利他愛の実践をするとき、自己犠牲が大きければ大きいほど霊的成長が促されるようになっています。それが⑧「代価の法則・自己犠牲の法則」です。「代価の法則・自己犠牲の法則」は、「利他性(利他愛)の法則」を強化する法則になっています。自分の幸せを後回しにして、人々の幸せと救いのために働いていくことで、大きな喜びを得ることができるのです。

人間は、地上人生において、光と陰、喜びと苦しみという両極の体験を通して、霊的成長のプロセスを歩んでいきます。これが霊的成長における⑨「両極性の法則」です。
人間の霊的成長は、原則的には利他愛の実践を通して促されるようになっていますが、苦しみを通しても、間接的に霊的成長がもたらされるようになっています。

こうしたさまざまな法則が複雑に絡み合い、関係し合いながら、人間の大目的である霊的成長が達成されていくようになっています。神は、霊的成長のために完璧な摂理を準備してくださいました。霊的成長の摂理を知ることで、人間は神から計り知れない愛を受けていることを実感します。

スピリチュアリズムに導かれたということは、霊的成長の大きな一歩を踏み出す出発点に立ったということです。ここまで導いてくださった神と霊界に感謝し、自らの強い意志で摂理にそった歩みをしていきましょう。すべての人々が摂理を理解し、霊的成長の歩みができるようになることを願って、自己犠牲を惜しまず、力を尽くしていきましょう。


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